慰安婦問題ビッグバン・1992年説
慰安婦問題ビッグバン・1992年説
ビッグバンという表現を使う背景には、それより以前の状態、出来事、これを巡る意見や行動の衝突点エネルギーがあって、ある時点でそれがビッグバンになったとする理解なのだろう。
20年をさかのぼることで、そこに後年の源流を見れるし、その遠因に70年安保・大学紛争と全共闘運動を上げることができそうだ。
ちなみに1970年11月25日の三島事件はその対極におけば、当事者や関係者からお叱りを受けそうですが、現在のキャンセルカルチャーへの警鐘に三島事件を置けば、理解が容易になるような気がする。
有名に「文明の衝突論・1998年 サミュエル・ハンチントン」が1998年であれば、その原点は一般的な解説にある通り「冷戦の集結」だろうし、現在の米国で顕著になった、ジェンダー、人権、そしてキャンセルカルチャーは、冷戦の集結による産物であるという理解が可能になりそうだ。
米ソ冷戦の終結で、左翼はそれまで金科玉条として、自身の思想、人格の形成の骨格、あるいは信条であった共産主義・社会主義の崩壊により
その運動方向の変更に迫られた.
もぎせか
藤岡信勝 先生 対談 21/03/05
茂木 誠
1992年 ソ連崩壊の翌年
それまでの共産主義礼賛者は
この歴史的事実・現実、つまりリアリズムにいっせいに沈黙
あの時の爽快感は終生忘れられない貴重な体験
左翼の逃げには二通り
① あれはソビエト型社会主義の失敗であり、共産主義、社会主義は普遍だ
② 共産主義を全面に押し出した主張と展開が不可能になり
フェミニズム
キャンセルカルチャー
日本史の再考
1992年
1991年末に仕掛け工作完了
現在の航空自衛隊目黒基地防衛庁防衛研究所・史料閲覧室から、吉見義明が恵比寿駅に向かう時、 「大発見をした、年明けに公表」
朝日新聞と吉見義明の連携
朝日は、宮澤訪韓にターゲットを絞り公表
これをタイムリーに韓国紙が韓国内で報道
北の工作員とその支援者」団体」、韓国メディア の「反日運動」「日本批判」→ 宮澤は十数回の謝罪
おそらく宮澤の訪韓日に新聞で公表したという巧妙なしかけ
かくして、慰安婦問題ビッグバン
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