及川幸久・田母神俊雄対談の備忘録
2008年田母神論文が問題化させて、自民、政権、防衛官僚が 更迭した。
政務次官・岸信夫
防衛大臣・浜田靖一(浜田幸一/実父)
総理大臣/麻生太郎
・満州帝国について
帝国建国時の人口が、数十万で、帝国崩壊時(1945年)人口は数百倍に増加している
田母神氏の在職中の中国PLAとの関わり合いから
「中国には、正論で、論理的に追い込めば、敵は引く」
★満州帝国の人口の増加率を見る限り
帝国の運営は正解であった
帝国の日本人官僚は、この成功に、満州帝国を将来の米国を目ざしたはず←これがkazanの持論。その理由は、どちらも腎臓国家で、その時点で、米国に関しては、メイフラワー号が1620年に最初の入植
1776年 米国独立宣言
1932年 溥儀を執政
1933年 帝政で満州帝国建国
米国が1933年時に、メイフラワーより313年
独立後で157年
とすれば、国土の広さは、申し分ない。
さらに、日本と違い地下資源と、農業生産力、土地がある。
帝国運営を有効に、効果的に能率的に行うことで、その時点で、近未来に米国に匹敵する国家建設は可能という思考があったとしても、不思議ではない。
まして、日本は1868年の明治維新来、65年の間に、日清戦争、日露戦争、第一次大戦を経て、列強の一角になっていた。
さらに、植民地である台湾運営の成功もあり、ノウハウは持っていたので、米国同様の人造国家建設は、単なる夢物語ではなく、現実的な計画として、日本国家の政治課題としてそんざいしたはず。
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