2022_2_15 地政学者・奥山真司

 昨日は、久しく忘れていた Valentine's Day。。

唐突に、顔見知りの、台湾人の40男から、OGGのkazanに、一昨日の夜、「明日はバレンタインディーですが、どう過ごすのか?」と真顔で言われて、言われた自分が、10余年以上、このValentine's Dayとは御縁ののない境遇にいたことを改めて認識させられ、少々の戸惑いを感じてしまった。

彼は、現在彼女無し、女友だちも無し、色気無しの三無状態で、そのことが気に懸かるらしい。

こうした心理状態になる台湾人の微妙な心理状態の現実に気付かされた瞬間でした。


閑話休題

今日のニッポン放送のCozy-up飯田浩司のコメンテーターは地政学者の奥山真司氏で、以前は青山学院大学で講師をしていたはずと記憶しますが、今日のコメントの中で、現在大学の講義で、コロナ禍以前は、半数が留学生で、残りが日本人ながら、さらに日本人の半数近い数が、帰国子女のバイリンガルで、講義・授業が一方的な講義で終始する形式ではなく、簡単に言うなら、ゼミのように、発信、応答、異なる価値観を持つ留学生からのユニークな切り口の質問があった。

しかし、コロナ禍での入国制限や諸規制により、留学生は戻っていない状況で、自身の講義、授業光景が変わってしまったことを発信されていました。


奥山真司氏をWikiで確認したら、青山学院大学、東京大学大学院、自衛隊幹部学校、防衛研究所などの講師を務めるの記述が。。


受講生の70%が留学生と帰国子女で構成となると、青山学院大学、東京大学大学院のいずれかだろうが、保守系の地政学者の教鞭が叶うとなると、左翼の巣窟のような環境で、東大大学院での講座はどうなんだろうかと思ったりして。。


終戦後、GHQは、徹底的に、日本の軍国化排除を目的に、国家神道の礎である神社、宗教団体、学会、教育界、政界、メディア界から保守色をパージするとともに、公職追放を行った。それでも

政界に関しては、選挙と言う仕組みで、立候補事態を排除するまでには至らなかったが、それ以外のところではGHQにより過激というレベルの排除が行われたという背景があって、当然ながら、排除された空席は左翼系が選別されることで、それぞれの組織を左翼勢力で構成されるようになり、特に閉鎖的な学会や教育界、社員採用試験の仕組みのあるメディア界、官界でも当然ながら左翼系の採用が積極的に行われることになった。


さらに学会、大学の教授会はその順送りてき抜擢が一般的になり、保守色が一掃されることになった。


こうした仕組みの中で、学会の代表である日本学術界議は、左翼の学者の最後の登竜門になり、教授会の左傾化によって、大学は左翼の学生運動の場になり、60年安保、70年安保、反戦運動、反基地闘争、三里塚闘争、全共闘運動につながり、現在の過激派と言われる組織の形成の原泉になったとう背景があることを指摘したい。


小欄が初めて、地政学というキーワードに接したのは、亜細亜大学・倉前盛通教授・著「悪の論理/日本工業新聞社刊・1977年」を手にした時だと記憶します。 その時インプットできキーワードに、ランドパワー、シーパワー、ユーラシア大陸のとりわけロシアを含むヨーロッパ大陸国家が思考する「ハートランド」、クラウゼビッツ、マハン、マッキンダー、ゲオポリティクといったものが備忘録に残っている。


時に1977年といえば、日本統治下の朝鮮・済州島で慰安婦狩をしたと言う詐話師による「朝鮮人慰安婦と日本人」吉田清治が世間に出た頃で、さらに後年になって知ることになった北朝鮮による横田めぐみさん拉致事件が実行された年でもあることを明記したい。


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